前回から1年経ちました。本当は秋の連休あたりに行きたかったのですが、まだ暑かったり、用事があったりして行けませんでした。
今回からスマートフォンを持参。まだ購入して1週間ほどなので使い方が今ひとつわかりません。ただ、今までに迷った経験もあり、GPS機能に期待。
再び山中渓駅よりスタート(時間を控えるのを忘れてしまいました)
山中関所を通り、しばらく歩くと大阪と和歌山の府県境。
ここに日本最後の仇討ちの場がありました。碑を見てみると、最後の仇討ちは1863年、すなわち明治になる4年前におこなわれています。仇討ちの願いがでたので、紀州藩は渋々許可を出したようで、紀州の国境の境橋で行われたとのことです。国境は山の頂上ではなく、あれっと思うような小さな川でした。
25中山王子-和歌山県和歌山市へ
しばらく行くと、和歌山県初めの王子中山(なかやま)王子跡 大阪の王子と異なり、青い板に案内が書かれています。説明によると、やはり明治時代に合祀された上、鉄道敷設によって旧跡も無くなったとのことです。残念。
集落を通って、また大きな道に戻っります。先ほどあれっと思ったとおり、和歌山県に入ったにもかかわらずしばらく登りが続きます。頂上までくると、今度は、こんなに登ったのかと思うくらい、下りが続きます。新道と旧道の分岐点を通過します。
26山口王子
山口(やまぐち)王子 今度は、案内板に加えてスタンプがおいてありました。(後からわかったのですが、スタンプを集めるスタンプ帳もあります。私が通ったところにほぼ沿ってありました。最初からわかっていれば、集めていたかも)地図に山口神社の文字があったので、参拝に。旅の無事を祈ります。ただ、王子の説明等はないので写真は撮らずに歩きます。参道をでて県道を通ります。この県道、2車線道路で,日本の普通の県道だと思いますが、すが、大変車が多いです。歩道はなく、路側帯も肩幅ほどしかありません。危なく大変歩きにくい所でした。交通ルール通り右側通行。車から離れているときは、わずかに路側帯を出て運転者に歩行者を意識してもらうように歩き,車が近づいたら端によけるよう歩くの繰り返し。車を運転する人にも申し訳なかったですが。歩行者にとってはある意味現在の難所の一つです。27川辺王子
川辺(かわなべ)王子 車の多い道から曲がってしばらく行くとあります。今度は曲がり角が多くてちょっとした迷路を探検する感じです。28中村王子
中村(なかむら)王子跡 今は田んぼになって看板のみあります。力侍(りきし)神社で、川辺王子跡の石碑を発見。これも合祀されたのでしょうか。
29叶前王子
叶前王子跡(はんざきおうじ) ここも今は空き地の一角に案内板がありました。しばらく歩くと布施屋(ほしや)という地名。昔は熊野詣をしている人に対して接待していたのがいわれのようです。「ふせ」と読まずに、「ほし」と読むのも興味深く、私は(ほどこし)を連想させ、この地域の人の温かさを感じさせる地名です。